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福岡地方裁判所 昭和33年(ワ)1073号 判決 1959年10月12日

原告 国

訴訟代理人 船津敏 外二名

被告 古賀一磨

主文

被告は原告に対し金二十七万五千三百二十円およびこれに対する昭和三十三年十月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「被告は原告に対し金二十七万五千三百二十円およびこれに対する本件支払命令正本送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え」との判決を求め、その請求の原因として、

一、被告はかつて福岡県八幡渉外労務管理事務所長兼同事務所資金前渡官吏の職にあつたものであるが、右職在任当時の昭和二十三年八月頃何等公の機関でもない福岡県職業課日傭労務委員会の訴外吉村主事から労務者用ワイシャツ五百枚の購入先あつ旋方の依頼を受け、その頃右依頼により労務者のためそのあつ旋をなすとともに、前記訴外人に対し、同訴外人の所属する委員会は右のとおり私的なものであるから同訴外人の依頼による右あつ旋も全く私人としての行為であり従つて前記ワイシャツ代金を国の総理府所管一般会計終戦処理費終戦処理事務費労務費から立替え支出できる何等の法律上の原因、根拠がないにもかかわらず、前記職務にあるのを幸に敢て自ら右ワイシャツ代金として金四十三万五千円を前記労務費から支出、手交した、このことはとりもなおさず被告が自らの行為により自己の責任において右ワイシャツ五百枚を国の財産である公金を流用して購入したものとみなすべきであり、このようなことは法律上の原因を欠くものとして許されないこと論をまたないところである。

二、そして、被告が右のとおりあつ旋をしワイシャツ代として支出した前記金員のうち金十五万九千六百八十円についてはその後国庫への戻入がなされたが、労務者労働組合役員である訴外中西一雄同平尾清に被告が渡したワイシャツの一部の代金にあたる残余の計金二十七万五千三百二十円が現在に至るまで戻入されていないので、被告は前記訴外人両名に対し合計右金員と同額の債権を現に有していることになる。従つて被告は法律上の原因なくして国の前渡資金を流用し国に対し前記流用金額と同額の損害を与えるととも他面債権者としての利益を得、現に前記中西一雄、平尾清に対しては右未戻入額金二十七万五千三百二十円と同額の債権を有しているものといわなければならない。

三、それで、原告は被告に対し現存する右不当利得金二十七万五千三百二十円および本件支払命令正本送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだ旨述べ、被告の原告の主張に反する答弁事実及び抗弁事実を否認し、被告の消滅時効の抗弁事実に対しては、

一、先ず、被告は本件償権について会計法上の五年の消滅時効を主張しているが、会計法上の時効は、公法上の金銭債権中他の法律に特別の規定がない場合に限つてその適用をみるのであつて、本件のように不当利得にもとづく私法上の金銭債権についてはその適用がない。

二、次に、被告援用の民法上の十年の消滅時効については、原告は本件債権の時効完成前である昭和三十三年七月二十一日被告に対しその履行を催告し、右催告後六ケ月以内である昭和三十三年九月二十六日に本件支払命令の申立をしているのであるから、右時効は中断したものというべきであつて、従つて時効は完成していない。

旨述べ、

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告の主張事実のうち、被告が昭和二十三年福岡県職業課日傭労務委員会の訴外吉村主事から労務者用ワイシャツ五百枚をその購入先あつ旋方の依頼を受けて受領し、これを労務者に配給したことおよび右ワイシャツ代金を原告主張の終戦処理費から支弁して右訴外人に手交したことはいずれも認めるが、その余はすべて否認する。

被告には原告主張のような不当利得の事実はない。即ち、

一、当時は終戦直後であつて生きることが精一杯の生活難の時代であり、しかも占領軍労務者という名のもとにおける精神的苦痛との二重苦をあわせ持つたこれら労務者に対する福利厚生の一環として、労務者用物資のあつ旋をするため終戦処理費からその物資代金を一時立替支払うことは、監督官庁もやむを得ざる良心的行為としてこれを承認又は黙認し、各労務管理事務所にあつても物資あつ旋をその業務附帯行為として慣習的に実行し、しかもそれら物資の代金支払については右と同様の方法をとつていたのであつて、本件の場合にあつても、被告は、福岡県職業課日傭労務委員会が同職業課内にあり訴外吉村が主事の肩書を持つていたため、同訴外人を公的機関と信じて本件あつ旋をしたものであり、しかも被告が本件物資代金回収前他に転出する際、後任者との間の事務引継書に右立替支弁の事実を記載したけれども、これに対し県当局からは何等の異議もなかつたものであるから、被告の本件立替支出行為を法律上の原因なくしてしたものということはできない。

二、そのうえ、被告は、本件ワイシャツを、芦屋占領軍労務者労働組合役員訴外中西一雄、同平尾清に、代金は直に八幡渉外労働管理事務所宛納入するという条件のもとに引渡し、かつこの事実を被告の前記転出の際の事務引継書に記載し、右訴外人両名もその後福岡県渉外課に対し右債務を承認する書面を提出した。

従つて、被告は本件立替行為により精神的苦痛を受けてこそおれ何等有形無形の利益を受けてはいないのであるから、被告を利得者とすることは正義、衡平の理念に反する。

以上のとおり、被告は原告が主張するような不当利得者ではないので、被告が不当利得者であることを前提としてその利得の返還を求める原告の本訴請求には応じられない。

旨述べ、抗弁として、

仮りに被告が原告主張のような不当利得者であるとしても、

一、原告の被告に対する不当利得返還請求権は、消滅時効の完成により消滅している。即ち、仮りに被告の本件立替支出行為が原告主張のように昭和二十三年八月であるとしても、被告が本件支払命令正本の送達を受けたのは昭和三十三年十月六日であるから、

(一)  会計法の規定により、金銭の給付を目的とする国の権利である本件不当利得返還請求権は、五年前これを行使されなかつたものとして、既に消滅している。

(二)  かりにそうではないとしても、民法の規定により、本件請求権は、権利を行使し得るときから十年間これを行使しなかつたことになるので、消滅時効の完成により消滅している。

二、被告の利得であると原告が主張する被告の訴外中西一雄、同平尾清に対する債権は、民法所定の十年の消滅時効の完成により既に消滅しているので、被告には既に現存利益というものはなく、従つて現存利益返還の義務はない。

旨述べ、原告の被告の右抗弁に対する再抗弁事実を否認した。

(なお、被告は、たとえ被告が原告主張のような不当利得者であるとしても、悪意の受益者ではない旨答弁しているけれども、原告は被告を悪意の受益者であると主張してもいないしまた悪意の受益者としての請求をもしていない。)

立証<省略>

理由

被告が昭和二十三年頃福岡県職業課日傭労務委員会の訴外吉村主事から労務者用ワイシャツ五百枚の購入先あつ旋方の依頼を受けてこれを受領しかつ労務者にあつ旋配給したことおよび右ワイシャツ代金を国の総理府所管一般会計終戦処理費終戦処理事務費労務費から立替え支出して前記吉村主事に支払つたことについてはいずれも当事者間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証、証人熊野三容および被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)によれば、被告の前記あつ旋、支出した時期は昭和二十三年八月頃であつて、当時被告は福岡県八幡渉外労務管理事務所長兼同所資金前渡官吏の職にあり、前記ワイシャツ代金として支出した額は金四十三万五千円であつたことが認められる。

それで、原告の不当利得の主張につき判断する。

前顕甲第一号証、いずれも成立に争のない甲第二号証の一、二、甲第三号証の一、二および甲第四ないし第六号証に証人熊野三容、同田中三千人の各証言を綜合すれば、被告が立替支出した前記金四十三万五千円のうち金十五万九千六百八十円についてはその後国庫への戻入がなされたが、労務者労働組合役員である訴外中西一雄、同平尾清に被告が渡したワイシャツの一部の代金にあたる残余の計金二十七万五千三百二十円が現在まで戻入されていないことおよび前記訴外中西一雄、同平尾清がそれぞれの原告に対する債務を認めてその返済を誓う趣旨の誓約書を原告宛差出していることを認めることができる。しかしながら、労務者にあつ旋配給しようとする前記ワイシャツのような物資の代金を国の総理府所管一般会計終戦処理費終戦処理事務費労務費から立替支出して支払うことは法の認めないところであつてこのような支出行為は法律上根拠のないものであるから、前記争のない事実および認定事実からすれば、被告は、被告が福岡県八幡渉外労務管理事務所長兼同事務所資金前渡官吏であつた昭和二十三年八月頃、自ら自己の責任において前記ワイシャツ購入代金の支払にあてるため国の財産である前記労務費から金四十三万五千円を流用支出して右吉村主事に手渡すという法律上の原因を欠く行為をし、そのため国に対し右同額の損害を与えるとともに右ワイシャツ配給先に対しては債務者としての利益を取得し、国がなお戻入を受けていない金二十七万五千三百二十円については被告はこれと同額の債権を前記中西一雄、平尾清に対し有しているものといわざるを得ない。

被告は、本件のような被告の国費支出行為は当時監督官庁もこれを承認又は黙認し、他の労務、管理事務所にあつても右と同様の方法をとつていたというのが当時の実情であり、しかも被告は前記吉村主事を公的機関と信じて本件の所為に出た訳であるから、被告には原告主張のような不当利得の事実はない旨弁疏しているけれども、被告の本件国費支出行為は被告が右吉村主事を公の機関であると信じたと否とにかかわらず法律上の原因を欠くものであり、かつこの行為に対する監督官庁の承認又は黙認なるもの自体もまた法律上の原因のないものであるから、原告が被告を悪意の受益者であると主張しその旨の請求をしていない本件にあつては、たとえ被告の右弁疏のとおりの事実があつたとしても、それは利益を受けるにつき法律上の原因のないことを知りながら利得した悪意の受益者であるか否かを判断する際の一資料になり得ても、少くとも被告が利益を受けるにつき法律上の原因のないことを知らないで利得したいわゆる善意の受益者であるという原告の主張を前提とする本件の判断を左右できる内容のものではない。

従つて、当時被告以外の被告と同一の立場にあつた者が被告の本件行為と同一行為をし、しかもその金員が回収されずなお現存利益を有しているものがあるとするならば、その者が不当利得者としての要件をみたしている限り、被告の右場合と同様の結論にならざるを得ない筋合のものなのである。

それで、被告の消滅時効の抗弁につき判断する。

被告は、仮りに被告が原告主張のような不当利得者であるとしてもこの利得返還請求権は、その権利を行使し得るときから会計法に定められた五年の期間を経過して、既に消滅している旨抗弁しているけれども、会計法第三十条にいわゆる「他の法律」とは同法以外の一項の法律を指称し民法の時効に関する規定をも包含する趣旨に解するのを相当とするから、国が一私人に対し有する本件利得返還請求権については右法条により民法の時効に関する規定を適用すべきものであつて、この抗弁は採用できない。

被告は、更に、たとえ右会計法にもとずく五年の消滅時効が適用されないものとしても、被告が本件支払命令正本の送達を受けたのは昭和三十三年十月六日であつて、それは原告が本件不当利得返還請求権を行使し得るときから民法所定の十年の期間をその間何等の請求もなく経過した後のことであるから、既に右請求権は民法所定の消滅時効の完成により消滅している旨抗弁し、原告は本件債権の時効完成前である昭和三十三年七月二十一日に原告において被告に対しその履行を報告し、その後六ケ月以内である昭和三十三年九月二十六日に本件支払命令の申立をしているのであるから、本件債権の時効は中断している旨再抗弁しているので、この点につき判断すると、本件不当利得返還請求権の民法所定の十年の消滅時効の起算日である同請求権を行使し得る時が昭和二十三年八月頃であることは前記認定のとおりであり、本件支払命令申立の日が同年九月二十六日であつて、その正本送達の日が同年十月七日であることは本件記録に徴して明白であるところ、被告本人尋問の結果によればその同原告の請求その他何等時効中断の事由となり得べき事実がなかつた旨供述しているけれども、この供述部分は前顕甲第二号証の一、二甲第三号証の一、二、甲第四ないし六号証、証人田中三千人の証言に照して措信し難く、かえつて右各書証および証言によれば、福岡県総務部渉外移住課に勤務して債務管理行為をも行う公務員の田中三千人が上司の命を受けて昭和三十三年七月二十一日同僚の内田主事とともに自動車で福岡市馬出八幡町八百九十八番地の一の被告方へ赴き、被告に対し本件金二十七万五千三百二十円の被告の債務の履行を催告してその支払方を請求していることが認められるし、本件支払命令申立の日が前記認定のとおり少くとも右昭和三十三年七月二十一日から六ケ月以内の同年九月二十六日でありその命令正本送達の日が同年十月七日であるから、本件請求権の消滅時効は時効中断により完成していないものと解すべきである。

また、被告は、原告が被告の利益であると主張する被告の訴外中西一雄、同平尾清に対するいわゆる債権なるものは、民法所定の十年の消滅時効の完成により既に消滅しているので、被告においては現存利益というものはない旨抗弁しているけれども、右訴外人両名が時効を援用せずまた時効の利益を抛棄する場合もあり得るのであるから、右両名が時効を援用したいという被告の主張並に立証のない本件にあつては、なお現に少くとも前記訴外人両名に対する信権についての期待権という利益を有しているものと解さざるを得ない。

そうだとすると、なるほど被告のいうように当時は終戦後間もなくのことであつて被告には特に悪意というものはなくその動機において考慮すべき余地があるとしても、本件におけるような結果が発生ししかもそれがなお現在に至るまで存続しているのであるから、法律上被告は原告に対し前記金二十七万五千三百二十円およびこれに対する少くとも本件支払命令正本送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和三十三年十月八日から(被告を善意の受益者とみて)完済まで民法所定の年五分の割合による損害金を支払う義務がある。

従つて、原告が被告に対し右不当利得金による現存利益の返還およびこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条本文、第八十九条を適用し、主又のとおり判決する。

(裁判官 桑原宗朝)

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